|
「枢木、お前の主として命じよう」 頭上から落ちてきた凛とした声音に絶望した。 無意識に体が強張り、この場から逃げ出したいと反射的に立ち上ろうとするが、肩に、腕に、体に触れているルルーシュを思い出し、この状態では立てないと、深く絶望した。いや、立つことは可能だ。ルルーシュは軽いから、肩車だって楽勝だろう。 だが、この状況で担ぎ上げ、ルルーシュをソファーに下ろして逃げたら最後、かろうじて繋がっている糸が切れてしまう気がしたのだ。そしてその直感は正しかった。 スザクは、このブリタニアへ留学と言う名目で送られたが、言い替えれば日本からブリタニアへ捧げられた供物。人質だった。日本で最も高い地位にある皇家には娘がいたが、娘よりは息子の方がいいというのは当然の流れで、その時のやり玉に挙がったのがスザクだった。枢木家は日本でも有数の名家で、多くの政治家を輩出し、さらには当時の首相は現在と変わらずスザクの父。日本とブリタニアの平和のための生贄には枢木家の嫡子がふさわしいという話になったのだ。順当にいけば、3期目も枢木政権が維持されるだろう。だからスザクの人質としての価値は未だ失われてはいない。 当時、スザクをアリエスに置いたのは、同年代のルルーシュがいた事、そしてマリアンヌがスザクを大層気に入り、自分の手元から離そうとしなかった事が大きかったが、国籍は日本とはいえこれほどの逸材を、いつまでもマリアンヌの、ヴィ家の元に置いておく理由など本当はない。ルルーシュの騎士。それだけがここにいられる理由だった。 だが、騎士の解任だけが、スザクをここから追い出す一手では無いのだ。 もし、騎士が主の身に危険が及ぶような行為をした場合・・・本人にその意思が無くても、周りがそう認めた場合は、騎士の資格なしとされるだろう。主が庇えば問題はないが、このルルーシュが自分を庇うとは思えない。 だからここで担ぎあげた場合、ルルーシュが反乱と捉え、それを誰かに・・・今アリエスに来ているダールトン達に知られたなら。これほどの才能を開花させた自分を未だに認めようとしないない皇子に愛想を尽かし、ここから出るために実力行使をしたなどと触れまわられたら・・・それだけで、終わってしまうだろう。 反抗の意思を示さない・・・いや、示せないスザクにルルーシュは笑った。 そして、左手を伸ばし、スザクの胸に止められている騎士章にふれた。騎士章は、何の抵抗もなく、するりと服から離れルルーシュの手に収まる。その様子を、スザクは声もなく驚き見つめていた。 しっかりと止めていたのだから、外れるはずがない。 いや、そもそもいつの間にルルーシュは背後に回ったのだろうか。 どうしてこの状態になるまで自分は気づかなかったのだろう? そこでようやく先ほどの紅茶に盛られた可能性に行きあたったが、もう遅い。 「今この時より、第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士となれ」 「っ!その命令は、聞けません!!」 解任ではなく、別の主君に仕えよという命令に対し、即座に否定の声をあげた。 「なんだ、俺の命令は聞けないと?ああ、偽りの主の命令だからか?」 「違います!自分は!!」 「枢木スザク、これが主としての最初で最後の命令だ」 「それでも!聞けません!」 今まで主として振舞う事など、命じることなど無かったルルーシュが初めて下した命令。他の命令ならいざ知らず、主を変えろという命令など、聞けるはずがない。 「我儘な男だな、お前は。解任はして欲しくないが、命令は聞かないと」 「自分の主君は殿下御一人です!」 「偽りの主従ごっこに愛着でも湧いていたか?この出来の悪い男を、才能あふれる自分がサポートし、少しでも使えるようにする野望でも抱いていたか?」 「違います!殿下は無能ではありません!」 「よく言う。お前は俺の何を知っているというんだ」 「自分は、殿下が才能にあふれた方だと!」 「黙れ枢木!お前の理想を押し付けるな!!」 ピシリと言い放たれた言葉に、スザクは言葉を呑んだ。 実際のところ、ルルーシュは何の成果もあげていない。 幼いころは頭もよく、このまま順調に成長すれば、シュナイゼルのような優秀さを発揮するのではと言われ、それさえ妬みの対象となっていた。だが、それは幼いころ、10歳のころまでの話。今のルルーシュの頭脳は平均以下で、その才能は長兄オデュッセウス以上に凡庸。見た目だけの無能と言われるほどだった。 しっかりと学んでくれれば、それら全てを吸収し、やがてその才能を開花させられると信じて疑わないのはスザクだけ。 ルルーシュの体重が足に移動し、上質なソファーはその分だけ音もなく沈みこんだ。皇族としてはあり得ないほど行儀が悪いが、ルルーシュはスザクの頭をまたぐと、そのままソファーを降りた。スザクの正面に、ルルーシュの後ろ姿が見える。 「お前の理想など、俺にはどうでもいいんだよ」 才能など無くてもいい。 皇族という地位があれば、無能でも生きていける。 そんな事も解らずに、自分の理想を押し付けてくるスザクは不快でしかない。 「枢木スザク」 ルルーシュは数歩前に出た後、振り返った。 王者の資質に溢れた、凛とした声音だった。 「・・・はっ」 この声で名を呼ばれた以上・・・座っていることも逃げることももう出来はしない。スザクはソファーから降りると、跪き、頭を垂れた。 「今この時を持って、私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士を解任する。7年間ご苦労だった」 「・・・っ!」 「これで枢木は晴れて自由の身となる。ユーフェミアがお前を騎士にと望んでいが、お前が騎士を解任されたと知れば、多くの皇族がお前を欲っするだろう。お前の才能は、それほどまでに周りに認められている」 今まで掛けられたことのないほど、穏やかで優しい声だった。 スザクの能力を欠片も認めていなかったはずのルルーシュが、スザクを評価していた。その能力を認めていた。それは泣きたいほど嬉しい言葉だったが、既にこの首は切られており、絶望と歓喜が胸の内で渦巻いていた。 自分は、この人に認められたかった。 その事を知っているから、最後にと掛けた言葉なのかもしれないが。 「ユーフェミアではなく、他の皇族に仕える道もお前にはある。じっくりと考え、そして納得のいく道を進むと言い」 「・・・っ、自分は!」 「発言は許していない」 穏やかに話していたルルーシュだが、一瞬でその声音を変え冷たく言い捨てた。 自分が望む主はルルーシュだけだと口にする事さえ、許されない。 言った所で何も変わらないと解っていても、それでも告げたかったのに。 「話は以上だ」 終わり。これで終わり。 もう、こうして話をする事さえ出来なくなるかもしれない。 冗談じゃないと、スザクは意を決して顔をあげた。 「殿下、自分は例え解任されても、貴方の騎士でありたいと思います」 「殊勝な心がけだな。だが、俺はお前のような騎士はいらないと何度も言っているだろう。その甘ったれた顔も金輪際見たくもない。2日猶予をやる。その間に荷物をまとめアリエスを出ろ。皇宮にお前の部屋は用意している。詳しくはジェレミアに聞け。その後、この敷地内に許可なく立ち入る事を禁じる」 「・・・イエス・ユアハイネス」 スザクは唇を噛みしめながら、どうにか言葉を発した。 「いつまでそうしているつもりだ?用事は済んだ。邪魔だ、さっさと出ていけ」 やっと邪魔なモノを処分できたと、跪いたまま動かないスザクに吐き捨てた。 ************* ※解りづらいと思いますが、1話冒頭に戻ってます。 |